15.大邱地下鉄火災発生 日本の鉄道の火災対策は AーA基準とは 新幹線、青函トンネルの火災対策は?
1. 日本の地下鉄道の火災対策
(1) 「A-A基準」をベースにした現在の車両火災対策
現在の日本の鉄道車両の火災対策は、後に詳述しますが、昭和44年5月15日鉄運第81号「電車の火災事故対策について」によって通達された電車の不燃化の基準(A-A基準、A基準及びB基準の3区分)が元になっています。
昭和62年4月1日の国鉄分割・民営化の際、関係法律も変更になりもっとも厳しい不燃化の基準「A−A基準」の考え方が、「普通鉄道構造規則」、「特殊鉄道構造規則」、「新幹線鉄道構造規則」等の中に取り込まれました。この段階で「A−A基準」というの表現はなくなりましたが、各法律の中に考え方が生かされました。
更に、平成10年頃からの行政上の規制緩和の流れも受け、これらを一本化し、安全を確保しながらも鉄道事業者の技術的自由度を向上させることができるように省令等の技術基準を原則として備えるべき性能をできる限り具体的に規定したいわゆる性能規程とすることになり、平成13年12月25日、国交省令第151号「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」が交付され、平成14年3月31日からが施行されました。この省令の中に車両の火災対策の規定がなされています。
「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」の第5節にある火災対策等の条文は次のとおりです。
第五節 車両の火災対策等
(車両の火災対策)
第八十三条 車両の電線は、混触、機器の発熱等による火災発生を防ぐことができるものでなければならない。
2 アーク又は熱を発生するおそれのある機器は、適切な保護措置が取られたものでなければならない。
3 旅客車の車体は、予想される火災の発生及び延焼を防ぐことができる構造及び材質でなければならない。
4 機関車(蒸気機関車を除く。)、旅客車及び乗務員が執務する車室を有する貨物車には、火災が発生した場合に初期消火ができる設備を設けなければならない。
(火災報知設備)
第八十四条 寝台車には、火災が発生した場合に自動的に報知する設備を設けなければならない。
(停電時の装置の機能)
第八十五条 運転及び旅客の安全を確保するため必要な装置は、主たる電源の供給が断たれた場合においても一定時間機能するものでなければならない。
各条文には別途通達の「解釈基準」がありますが、法律を読んだだけではそれは出てきませんし、他の条項の中にも火災対策に関連した項目もありますので、それらを見ないとこの3条だけでは火災対策の全体像、具体的な内容が見えてきません。
これらの詳細について興味ある方は表示に少し時間がかかりますが、
元となる「A−A基準」が載った昭和44年5月15日 鉄運第81号 「電車の火災事故対策について」
と、解釈基準を付けた平成13年12月25日国交省令第151号「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」(車両に関する部分のみ)
をご覧ください。
(2) 地下鉄道の火災対策
車両に関しては、昭和44年の運輸省通達「電車の火災事故対策について」によって、地下線を運転する車両、地下線に乗入れ運転する車両等は「A−A基準」によること等とされ、現在はその考え方が一般の車両にも生かされていることを紹介しました。
車両以外の構造物等の火災対策については昭和50年に運輸省の「地下鉄道の火災対策の基準について」が通達され、地下鉄を新設する場合はこの基準に従って整備すること、既設の地下鉄道についても、早期にこの基準に適合するように改善することとなっています。
地下鉄道の火災対策の基準の本文部分は次のとおりです。
地下鉄道の火災対策の基準 |
1 | 建造物の不燃化 |
| 地下にある建造物は、原則として、不燃化すること。 |
2 | 防災管理室の整備 |
| 駅には、情報の収集、連絡及び命令の伝達、旅客への案内放送並びに防火シャッター等の監視及び制御を行う係員が常時勤務する防災管理室を設けること。 |
3 | 警報設備、通報設備、避難誘導設備等の整備 |
(1) 警報設備 |
| | 駅には、自動火災報知設備を設け、防災管理室にその受信機を設けること。 |
(2) 通報設備 |
| (ア) 駅には、次の設備を設けること。 |
| | (a) | 防災管理室と消防、警察、運転指令所、電力指令所、駅内各所及び関係隣接建築物との間で連絡できる通信設備 |
| | (b) | 防災管理室で統轄できる放送設備 |
| | (c) | 防災管理室と地上とを連絡するための無線用補助アンテナ。また、地下において乗換えを行う駅及び地下街と接続する駅の構内には、防災管理室及び地上と無線通話ができるための伝送路 |
| (イ) 駅間には、列車及びトンネルから運転指令所に連絡できる通信設備を設けること。 |
(3) 避難誘導設備 |
| (ア) 駅には、次の設備を設けること。 |
| | (a) | 乗降場から地上までの異なる2以上の避難通路 |
| | (b) | 常用する電源が停止した場合、非常電源により即時に自動的に点燈し、床面において1ルックス以上の照度を確保することができる照明設備 |
| | (c) | 避難口誘導燈及び通路誘導燈 |
| (イ) 駅間には、次の設備を設けること。 |
| | (a) | 常用する電源が停止した場合非常電源によりすみやかに点燈し、避難の際通路になる部分の路面において1ルックス以上の照度を確保することができる照明設備。 |
| | (b) | 非常電源による照明設備に近接した位置に、駅又はトンネル口までの距離及び方向を示す標識 |
(4) 排煙設備 |
| (ア) | 駅及び駅間には、排煙を有効に行える設備を設けること。ただし、既設の地下鉄道においては、可能な限り設けること。 |
| (イ) | 駅には、乗降場と線路との間、階段、エスカレーター等の部分に、必要に応じて垂れ壁等の煙の流動を妨げるものを設けること。 |
(5) 防火戸 |
| | 駅と他線の駅(同一の乗降場を使用するものを除く。)、地下街等との地下における連絡箇所には、防火戸を設けること。 |
(6) その他 |
| (ア) 駅には、空気呼吸器を常設すること。 |
| (イ) 変電所には、原則として、専用の換気設備を設けること。 |
4 消火設備の整備 |
| (ア) 駅には、次の設備を設けること。 |
| | (a) | 消火器 |
| | (b) | 屋内消火栓設備 |
| | (c) | 連結散水設備又は送水口を附置したスプリンクラー設備 |
| | (d) | 連結送水管 |
| (イ) 駅間には、駅間が長い場合は連結送水管を設けること。 |
5 防災管理体制の整備 |
| 防災に関する諸規程を整備するとともに、消防等防災関係機関との連絡等の緊急処理体制を整備すること。 |
これを見ますと、構造物の不燃化、駅への防災管理室の設置、警報設備・通報設備・避難誘導設備等の整備、消火設備の整備、防災管理体制の整備が決められており、安全性が高いものになっています。
この火災対策の基準は「地下鉄道の火災対策の基準について」、「地下鉄道の火災対策の基準の取扱いについて」、「地下鉄道の排煙対策の基準」が1つのセットになっています。
「地下鉄道の排煙対策の基準」は、昭和57年4月15日に新たに追加された内容で、この日までに工事施行認可申請書を受理されたものは既設とみなされています。
この排煙対策の設備規模、内容を決定するために想定した火災は、ホーム部分では列車火災、コンコース部分については売店火災です。
[列車火災]
実際に車両火災を起こして検討するのが本来ですが、試験で床下機器(主抵抗器)に異常電流を流し続けても「A−A基準」車両は火災を起こさなかったため、それ以前の「A−A様式」車両の火災試験結果を基に発煙モデルを作成、旅客全員が安全に避難するための煙の許容濃度をCs=0.1m-1として第1次避難場所であるコンコース階に達するまでに要する時間7分からホーム(火点ブロック)の換気量を決めています。
[コンコース列車火災]
売店火災発煙モデルは、実験風道内に実際の売店に模擬して新聞紙と雑誌を置いて火を付けたもので、煙はコンコースに拡散し薄まるため1000人程度が地上出口まで避難するまでに要する時間を余裕を見て10分としてもCsは0.1m-1を下回るため、コンコースの大きさはある一定の大きさ(煙拡散容積:1,050m3以上)を確保するようになっています。
このように、駅排煙装置の設計の考え方は、旅客が避難場所に到達するまでの煙濃度を、避難を考慮した見通し距離が確保できる許容値以下にするというもので、ガソリンをまいて放火するような犯罪行為を前提とはしていません。
トンネル内で列車火災が発生した場合には停車せず次の駅まで走行する取り扱いになっていますが、トンネル内に列車が万一止まってしまった場合を想定して常用のトンネル換気装置を利用して排煙し、風上避難ができるようにしています。
2. 「A−A基準」車両の燃焼試験
「A−A基準」が現在の車両の火災対策の基準になっていますが、この車両は機器故障や車内にある火源が持ち込まれて火を付けたとき本当に火災を起こさないのでしょうか。
現在の火災対策はどこまで想定すればよいのか判らない放火等の犯罪行為を前提にしてはいませんが、平成3年11月11〜13日にかけて現行「A−A基準」車両の構造面、材料面の火災に対する評価を行うため、営団丸の内線に使われていた400形電車(昭和31年製、昭和44年に不燃化改修。抵抗制御車のM車)を使用して(社)日本鉄道技術協会主催の実車燃焼試験がつくばの建設省土木研究所所有のトンネル内で行われました。
試験の目的は
(イ) | 電気機器の不具合により自己発火に至る可能性があるかどうか。 |
(ロ) | 車内で発火源(持ち込み火源)を燃焼させた場合、火災に発展するウィークポイントがあるかどうか。 |
(ハ) | 鉄道車両用材料が燃焼する時に発生する煙または有害ガスについて、車両火災時にどの程度の煙が発生するか、またどのような種類のガスがどの程度発生するのかを定量的に把握する。 |
というものです。
対象車両としては、接点部、抵抗器の少ないVVVFインバータ制御車等よりも抵抗制御車の接点部、抵抗器の過熱の方が発火可能性が高いとして、抵抗制御車が選ばれました。
その試験内容と結果の概要は次のようなものでした。
(a)主回路抵抗器発熱試験
通常は考えられない機器の重複故障により異常回路が構成されたものとして、主回路抵抗器に過電流を流し続けたものです。
抵抗体が右図のように赤熱状態を保つようになっても、抵抗器取付け部の周辺の温度上昇はありましたが、目視できる程の発煙すら認められませんでした。
(b)車内燃焼試験
新聞紙を腰掛背ずりに立て掛け、その下の座布団にエチルアルコールを撒いて着火したもので、新聞紙は40頁分と80頁分、それに従ってエチルアルコールの量は300mlと600mlの2段階としました。車両の側窓や貫通扉も開閉それぞれの条件を設定し、走行中であることを想定してトンネル内に換気装置で送風しました。
600mlの時は、右図のように炎が天井にまで達しますが、アルコールが燃え尽きると火勢は急速に弱まり、新聞紙が燃え尽きるまで弱い炎が残っている程度でした。また、腰掛の表地や詰物、柱きせや天井板等、炎が直接当たった部分は焼損した状況が見られましたが、表地が火源の範囲より広範囲に燃え広がるといった現象は見られずに、火源の炎が治まると共に自然鎮火しました。
同時に計測した車内温度と輻射熱、煙濃度と有毒ガス、トンネル内の煙濃度等は特に問題になるものはありませんでした。
燃焼試験等の結果から、普通鉄道構造規則で定められた車両の火災対策については、当面早急にこれを改めなければならないという点は認められませんでしたが、長大駅間・深層地下鉄道用車両の火災対策に関しては、次の点を検討課題として採り上げる必要があるとされました。
(イ) | 無接点化とアーク発生の可能性の低い車両システムの採用。 |
(ロ) | 使用材料の燃焼時に発生する煙と有害ガスの低減。 |
(ハ) | 火源からの隔離のための車両間貫通扉の設置。 |
東京消防庁も平成5年11月に「A−A基準」車両である営団5000系車両を使って2リットルの灯油を染み込ませた新聞紙を座席や棚において燃焼試験を行い、その結果、火災は拡大しなかったという結論を得ています。
しかし、次の項にある韓国大邱地下鉄の火災ような、激しく燃焼するガソリンを用いた試験については実施されていません。
人為的な放火等については、火源の種類や量、発生する車両の部位等に関して、これらを予測することは非常に困難ですが、韓国で起きたようなことは日本でも起きる可能性があり、大邱地下鉄と同じような条件でガソリンに火を付けたらどうなるかは現在最も興味のある点です。
日本の車両では天井板や内張にアルミ合金化粧板を用いている場合が多く、また現在は400形電車より更に防火性能が向上しているはずで、火災が拡大することはないと思われるのですが・・・。
旅客の移動しやすさ、開放感等からか車体間の貫通扉を設置していない車両もありますが、上の課題にあるように、貫通扉を設ければ放火のような場合でも過去の事故例を見ても旅客の避難や火災、煙の他車両への拡散防止に役立つので、普段は開けていても閉じることのできる車両間扉を1枚は設けておくべきとに思われます。
3. 韓国大邱地下鉄の火災
(1) 大邱地下鉄の概要
2003(平成15)年2月18日(火)、通勤時間の過ぎた午前10時前、韓国南東部のソウル、釜山に次ぐ人口250万人の第三の都市、大邱(てぐ)の地下鉄1号線中央路(ジュンアンロ)駅で放火による車両火災が発生し、3月中旬段階で死者約198人、負傷者約145人という大惨事になり、5月に入っても身元不明者の確認等が行われ、混乱が続きました。
大邱地下鉄1号線は、1991年12月7日に起工式が行われ、1997年11月26日に辰泉〜中央路間14駅10.3kmが開業、1998年5月2日に中央路〜安心間15駅14.6km、2002年5月10日に大谷〜辰泉間1駅1.0kmが延伸開業し、全線30駅、259kmの路線で、6両編成電車がATC/ATOによる最高速度80km/hのワンマン運転を行っています。
大邱地下鉄公社のHPによると、施設、車両の概要は下表のとおりです。
中央路駅は、1997年末に開業し、3層構造をしており、地下1階は商店街に通じ、地下2階がコンコースや駅務室等、地下3階がホームで、ホームの深さは18m、長さは149mで、2面2線の相対式です。
車両はドイツ・シーメンス社から制御機器等を購入し、残りは車体を含めて韓新重工業(現ロテムに統合)が製造、納入したもので、ステンレス製車体の6両編成(3M3T)、VVVFインバータ制御、車両寸法は連結面間18m、幅2.75m、高さ3.6mの4扉車です。
[路線と駅]
 |  |
1 Daegok (大谷、デゴク) | 2 Jincheon (辰泉、ジンチョン) |
3 Wolbae (月背、ウォルベ) | 4 Sangin (上仁、サンイン) |
5 Wolchon (月村、ウォルチョン) | 6 Songhyeon (松峴、ソンヒュン) |
7 Seongdangmot (聖堂池、ソンダンモッ) | 8 Daemyeong (大明、デミョン) |
9 Anjirang (アンジラン) | 10 Hyeonchungno (顯忠路、ヒュンチュンロ) |
11 Yeongnam University Hospital (嶺大病院、ヨンデビョンウォン) | 12 National University of Education (ヘ大、ギョデ) | 13 Myeongdeok (明コ、ミョンドク) | 14 Banwoldang (半月堂、バンウォルダン) | 15 Jungangno (中央路、ジュンアンロ) |
16 Daegu Station (大邱駅、テグヨク) | 17 Chilseong (七星、チルソン) | 18 Sincheon (新川、シンチョン) | 19 Dongdaegu Station (東大邱駅、ドンテグヨク) | 20 Keungogae (クンゴゲ) |
21 Ayanggyo (峨洋橋、アヤンギョ) | 22 Dongchon (東村、ドンチョン) | 23 Haean (解顔、へアン) | 24 Bangchon (芳村、バンチョン) | 25 Yonggye (龍溪、ヨンゲ) |
26 Yulha (栗下、ユルハ) | 27 Singi (新基、シンギ) | 28 Banyawol (半夜月、バンヤウォル) | 29 Gaksan (角山、カクサン) | 30 Ansim (安心、アンシン) |
[全体概要]
組 織 等 | 大邱広域地下鉄公社 1995/11/20設立 建設費 1.56兆won 資本金
1兆won |
基本構造 | トンネル 4.15km, ボックス 23.45km コンクリート道床 全溶接レール 60kg/m トンネル内中間換気塔による強制換気 通常は中央給気、駅手前で排気。火災時は避難方向から給気するように制御 |
駅 | ホーム長 149m 全駅に空調・排煙設備、自動出改札、車椅子昇降装置、身障者トイレ、エレベータ:3駅 |
最少運転間隔 | 5分 |
[車両概要]
概 要 | 直流通勤電車 電気方式:DC 1,500V 軌間:1,435mm |
編 成 | 6両固定(3M3T:Tc-M1-T-M1-M2-T'c)36編成 Tc:72 T:36 M1:72 M2:36
 |
車体構造等 | ステンレス構体、長さ17.5(連結面20)m、幅2.75m、高さ3.6m 側扉:両開き戸片側4カ所×2 |
車両重量 | Tc:33.3、M1:36.2、M2:33.5、T:27.1 |
性 能 | 最高速度80.0km/h、加速度3.0km/h/s、減速度 常用3.5、非常4.5km/h/s |
定 員 | Tc:113名(座席42、立席71)、M:124名(座席48、立席76) 編成722名 |
運転方式 | ATC/ATO ワンマン運転 |
速度制御方式 | GTOによるVVVFインバータ制御、誘導電動機 出力250kW、ギア比7.07(99:14) |
台 車 | ボルスタレス式空気ばね |
ブレーキ方式 | 回生ブレーキ併用空気ブレーキ |
サービス等 | 車両空調:16,000kcal/h×2/両 |
製 造 | 韓新重工業 96.7〜(主な電気機器はドイツシーメンス社製)
現 ロテム社 |
(2) 事件の経過等
捜査当局による捜査が続いており、正式発表はなされていませんが、新聞報道等による事件の概要、2編成全焼に至る経緯等は次のようなものであったと思われます。
事件は、平成15年2月18日(火)午前9時52分35秒、大邱市の中心部にある地下鉄1号線中央路駅に6両編成の1079号が上り線に入ったときに発生しました。
駅に進入した際、1両目車両の後方に座っていた男(56歳)が右側座席の上に置いた鞄からガソリン約2リットルの入ったプラスチック容器を取り出し蓋を開けてライターをボトルの口に当てると、炎が立ち上がり、自分の服に燃え移りました。男が驚いたように立ち上がった拍子に鞄が床に転げ落ち、同時に火の付いたガソリンとともに黒い煙が流れだしました。
炎は床から天井へと急激に燃え移り、同時に多量の煙が発生、車両やホーム内に煙が充満しました。火元はガソリンですので車両内で急速に燃焼、拡大し、ポリエステル製の座席カバー、ポリウレタンフォーム製のクッション、塩化ビニル製の床材や、FRP(ガラス繊維強化プラスチック)製の壁・天井材に燃え移ったようで、これらの材料は高温で火がつくと燃え易く、またウレタンフォームなどから多量の黒煙や有毒ガスが発生したものと思われます。
この段階で駅の火災報知器が動作し、総合司令室にある設備指令室では火災発生の警報が鳴ったのに「誤作動だろう」と無視してしまい、列車を運行する部門へも連絡されませんでした。
この地下鉄には日本の一般的な地下鉄と同様に列車、設備、機器の動作を監視、制御するための総合司令室があり、列車、電力、信号、通信、設備の5指令から構成されています。
犯人が放火した直後、列車の運行を管理していた総合指令室のテレビモニターには、慌てて列車を降りる乗客や、服に火が付いたまま車内から転がり出る放火犯が映っていたようですが、特段の措置を行うこともなく、指令室職員が火災を知ったのは、55分に現場の中央路駅から電話連絡を受けた時だったようです。
また、放火された車両の運転士は消火活動を優先させたとして総合指令室に火災発生を報告しておらず、乗客に正確な状況を放送するなどの措置も取らなかったようです。
この車両の乗客は階段を使って避難しましたが、同時に濃い煙も階段を煙突のように上がって行き、途中停電によって非常灯の明かりも消えたため、遅れた人は真っ暗やみの中の避難となりました。地下1階で地下商店街につながっていますが、火災発生直後に防火シャッターが通路を遮断し、停電と煙でシャッターの通用門を探し出せず、逃げ遅れた人もいたといわれています。
一方、約4分後の9時56分45秒、駅で火災が発生しているという情報が55分頃に有ったにもかかわらず、指令からの明確な指示がないまま反対側の下りホームに1080号が入って、停車しました。
一旦ドアを開けましたが、ホームの煙が進入してきたためかまたドアを閉めました。しかし、57分には駅構内が停電したため(火災感知システムが作動したためといわれている)、1080号は駅を出発することができなくなってしまいました。公社の電力司令室は、電車を通過させようと1分後に電力再供給を試みましたが、うまくいかなかったといっています。
1080号を駅に進入させない措置がとれなかったのかについては、司令室や公社側は「これほどの被害になるとは予想できなかった。駅で停車し乗客を脱出させようとした」と言っています。
1079号では高温になった燃焼ガスが客室の窓ガラスを固定しているHゴムを燃やしたため、ガラスが脱落、火は窓から外に噴きだしました。駅は相対式ホームですので、上下線間の車両同士は1.2m程度しか離れておらず、1079号の火は動けなくなって止まっていた1080号にも窓や連結部から燃え移り、瞬く間に煙と炎に包まれたようです。
車両はステンレス車体ですのでそれ自身は当然燃えず、車端部の扉を閉めれば他の車両に延焼しにくいものと思われますが、車両の窓ガラスが外れてしまったこと、車両間扉は避難のために開いていたようで、ホロも合成樹脂の燃えやすいものでできていたため、急激に延焼してゆき、車体がちょうど「炉」のような役割を果たして高温で燃焼していったようです。
犠牲者の9割以上は後からホームに入った1080号の方から出ています。同列車ではドアが一旦開いた後すぐに閉じられ、出発させようとしているうちに停電が発生、悩んでいる間に乗客の避難が遅れたためで、更に、停電していても車両のドアは車載バッテリ回路の電源で開くのに、マスターキーを抜いて一人で逃げ出していたようです。この車両ではマスターキーを抜くとドアは自動的に閉鎖され、バッテリを含めて全ての電源が切られた状態になるようです。
ドアは自動的に閉鎖され、避難誘導すべき乗務員が真っ先に逃げ出してしまい、各扉には扉開放用ドアコックが付いているものの、一般の乗客にはそれを扱う知識や時間もなく閉じ込められたまま炎と煙に倒れていったといわれています。全24ドアのうち、開いていたのは4カ所のみだそうです。
公社の工事誌によると、中間換気方式のトンネルや空調している全駅にはそれらを兼用した排煙システムがあり、今回も駅やトンネルにある排気口などを通じて煙を外に排出したようですが、車両内部は、燃えやすく有毒ガスを多量に発生する素材が多く使われており、今回のように2編成も完全に燃え尽きるような高温の燃焼ガスが発生する火災には対応できなかったと思われます。
4. 日本の地下鉄と大邱地下鉄の比較
(1) 火災対策の日本の地下鉄との比較
日本の地下鉄の火災対策に関しては、昭和50年に運輸省通達「地下鉄道の火災対策の基準について」等の基準があり、地下鉄を新設する場合はこの基準に従って整備することとし、既設の地下鉄道についても、早期にこの基準に適合するように改善することとなっています。
車両に関しては、昭和44年に「電車の火災事故対策について」が通達され、地下線を運転する車両、地下線に乗入れ運転する車両等は「A−A基準」によることとされ、現在もその考えが生かされています。
大邱地下鉄に火災対策の基準等があるかは不明ですが、工事誌等によって火災対策を日本と概略比較すると下の表のようになるようです。情報が少ないため違っている点が有るかもしれません。
この表を見る限り、車両材料の不燃性については不明ですが、車両のマスターキーの機能、非常用自家発電機以外はそう大きな違いはなさそうです。
対 象 | 主な設備等 | 場所・機器等 | 大邱地下鉄 | 日本の一般的な地下鉄(火災対策基準以降) |
駅 | 排煙設備 | ホーム | 排煙機、ダクト等換気用設備を兼用 | 排煙機、ダクト等換気用設備を兼用 |
コンコース | 排煙機、ダクト等換気用設備を一部兼用 | 排煙機、ダクト等専用 |
防煙区画 1000u以内 | 防煙区画 500u以内 |
防煙垂壁 60cm以上 | 防煙垂壁 50cm以上 |
駅務室 | 排煙設備なし | 専用排煙設備 |
消火設備 | ホーム | 消火器、屋内消火栓 | 消火器、屋内消火栓、連結送水管 |
コンコース | 消火器、屋内消火栓、スプリンクラー | 消火器、屋内消火栓、連結送水管 |
駅務室 | 消火器、スプリンクラー | 消火器、スプリンクラー |
空調機械室 | 消火器、スプリンクラー | 消火器、屋内消火栓、連結送水管 |
電気室 | 消火器、二酸化炭素 | 消火器、窒素ガス等 |
避難通路 | 経路? | ?(中央路駅は、階段4箇所(面)あり) | ホーム端から地上までの異なる2以上の経路 ホーム末端から50m以内に避難通路の出入口 |
防火シャッタ? | ? | 煙感連動で1段(床上2m)、遠隔又は現地で全閉全閉後も横に避難用扉(くぐり戸)あり |
電源 | き電系と配電系 | 変電所2次側分離で別系統 | 変電所2次側分離で別系統。変電所は2系統受電 |
非常電源 | 主電源と同一系統 | 非常用自家発電機あり |
トンネル | 排煙設備 | 送・排風機 | 機械換気設備を兼用。中間排気方式。 | 機械換気設備を兼用。縦流または中間排気方式。 |
消火設備 | 連結送水管 | ? | あり(500m毎以下に送水口) |
車 両 | 火災対策 | 内装等使用材料 | (内装材に対する安全基準:1998年?) | 「鉄道に関する技術上の基準」(元はA−A基準) |
消火器 | ? | あり |
避難 | 運転台キー | キーで扉全閉、電源断(バッテリ含む) | キーと扉開閉、バッテリ電源入切は別 |
非常コック | あり | あり |
先頭車端貫通口 | なし | あり |
(2) 事件の特徴(特異性)と日本との比較
イ、ガソリンを使った放火だった。
災害対策はどのような内容、規模の災害を想定するかが重要ですが、ガソリンをまいて火を付けるような災害まで想定して対策をたてるのは現実的には困難です。しかし、万一そのような事態が発生しても被害を最小限に留めるように防火対策や避難誘導方法等を考慮しておかなければなりません。
日本の地下鉄でも災害が発生しないように駅、車両等の火災対策を強化しているため、排煙装置等は車両の機器の異常等による発煙火災を想定したもので、フラッシュオーバーに至るような火災を前提にしてはいません。
日本の地下鉄電車は防火対策を強化したかつて「A−A基準」と呼ばれたものに準拠した構造になっており、更に、最近の車両は回生付きVVVYインバータ制御車両等半導体の利用によって回路の無接点化もされてきており、抵抗制御車両のような発熱部位を持たなくなってきているので、機器故障等による火災もほとんど発生しない状況です。
唯一弱点は、放火等の犯罪によるもので、危険物の持ち込みは禁止されていますが個人の荷物までチェックできないので可能性は否定できません。この場合どのようなものまで想定すればよいのかが難しいのですが、過去には京成のスカイライナーが留置中に過激派によって放火され全焼したこともありました。
今回のように2リットルのガソリンを床にまいて着火したときに防火性能に優れているという日本の地下鉄車両でどうなるかは大変興味あるところで、火災が拡大しないとなれば従来の対策が想定外とはいえ放火等の犯罪にもほぼ対応できる内容であったことになります。
ロ、車両内装に燃焼しやすい材料を使用していたのではないか。
1995年1〜5月に行われた韓国の検査機関での検査で内装材などは不燃材、難燃材の判定を受けていたといわれていますが、車両用材料の判定基準等は不明で、日本のものより燃えやすい材料が使われていた可能性が高いようです。
日本では、指定の検査機関による「鉄道車両用材料の燃焼性試験」によって評価を受けたものしか使われておりません。しかし、不燃、難燃という表現は相対的なもので、ものによっては高温になれば燃えるものがありますが、国際的に統一された判定方法は無いようで、より厳密な評価が必要と思われます。
ハ、火災の発生している駅に電車を止めた。
マニュアル上は対向電車は火災の発生した駅の前で止めるか通過させることになっていたようですが、指令や運転手の怠慢な判断ミスで駅に停車させ、再出発させようとした時には停電で動けなくなってしまったという最悪の事態になってしまいました。通過さえしていれば全く違う状況になっていたと思われ、
この事故を多くの犠牲者を出す特異な事件にした取り返しの付かない行動です。
日本でも駅に止めない扱いは同じで、マニュアルはあっても普段から意識し訓練を行っていないと、いざという時に行動できないということはよくあることです。
ニ、停電して、構内が真っ暗になった。
地下鉄公社によると、地下鉄の電気系統は、事故が発生した場合、2次災害を防ぐために一旦切られ、約5秒後に戻るように設定され、その後の判断は保安担当者の判断にまかされているとのことです。
その理由は、子供が持っていた風船が手を離れて電気系統に接触し、火花が散って停電するという事態が続発したためとしています。
日本でも何らかの原因で停電が発生した場合は再送電しますが、それで送電できなければ地絡等何らかの事故が発生している可能性があり、電気を供給し続けると桜木町事件のようになって危険なので状況を確認してから処置することになっており、扱い面で差はないと思われます。
また、列車を走らせる「き電系」と駅照明や空調機器等の電源となる「配電系」では別系統とすることが一般的で、韓国でもそのようになっているため変電所が故障しなければ同時に停電することはあり得ません。
しかし、大邱では構内も真っ暗になったといわれており、「き電系」と「配電系」が同時に遮断されたのか、どの保護・安全装置が働くとどの系統が切れるようになっているのか、火災でケーブルが焼けたことも考えられケーブルのルートはどうなっているのか等不明です。
通常の配電系統が故障した場合に備えて設けられるのが非常用電源で、日本の地下鉄では一般の病院や大規模ビルと同様にガスタービンなどの非常用自家発電機が備えられており、変電所が故障しても非常照明、防災設備、通信機器等は運転できるようになっています。
一方、大邱地下鉄の場合、非常系統は主電源と同一系統らしく、非常用発電機は持っていなかったようで、構内が真っ暗になったのはこのことも原因していると思われます。
ホ、多量の煙を排気できなかった。
大邱市地下鉄公社によると、換気装置は駅のある地下3階に5台、待合室のある2階に2台の計7台設置されていて、換気能力は、毎時27万立方メートル、トンネルには毎時43万立方メートルの煙を緊急時に排出できる設備があり、これらは消防法上の規定をクリアしていたということです。
大邱地下鉄の駅ホーム、コンコースの空調・換気、排煙運転のイメージを下図に示します。
通常時は下図左のように、空調・換気をしていますが、火災が発生したときには同右図のように排煙モード運転に切り替わます。
ホーム排煙の場合は全ての給・排気口から空気を吸うようにして煙を排除すると同時に、乗客が避難する階段に上層階であるコンコースからホーム階へ下降気流を形成させ、煙に巻かれないようにします。
この考え方は日本も同様ですが、今回の火災では温度が500〜1000度にもなったようで、燃焼による換気能力を大幅に上回る大量のガスが発生、また高温による大きな浮力によって下降気流を遙かに上回る上昇力が発生し、多くの人が煙に巻かれたものと思われます。
○ホーム排煙時
換気・空調設備を兼用して排煙します。給気側のダクト(空気を通す道)及び吹出口をダンパ切替で排煙に、ホーム下部排気用ファンをダンパ切替で排煙機に転用します。従って、空調機、空気給気ファン、空調機排気ファンは停止され、空気排気ファンのみ運転されます。
○コンコース排煙時
1000u(日本は500u)を超えないように60cm(日本は50cm)の防煙垂壁で区画し、換気・空調設備を兼用して排煙します。火災時は給気ファンを停止、給気系統のダクトをダンパ切替で転用し、専用排煙機を運転させます。排気ファンをダンパ切替によって還気しない全排気運転にします。
通常時 | 排煙時 |
 |  |
へ、ドアが閉じたまま乗客が避難できなかった。
9時58分の交信では、運転士が「避難させますか」と指令に問い合わせており、56分に駅に到着した後すぐに乗客を避難させられなかったのかという疑問が持たれています。最初の停電で出発できなくなりましたが、出発できるようになるのか避難させた方がいいのか迷っている間に時間が経ってしまい、運転士は乗客が避難したことも確認せず車両を離れるときの習慣なのかマスターキーを持って自分だけ逃げ出してしまいました。
このマスターキーは日本のキーと違って外すと全てのドアが閉まりバッテリも含めて電源が切れることになっているということで、ドア操作ができなくなり、非常照明も消えてしまいます。扉開放用ドアコックの知識のある人が扱った4カ所の扉だけが開いていましたが、3両は全く扉が開いていなかったということです。
マスターキーは国内の地下鉄も備えており、乗務員が車両を離れる場合には抜くことにもなっていますが、ノッチを(駐車)ブレーキ位置にしないと抜けません。また、このキーを抜いても自動的にドアが閉まることはなく、予備電源のバッテリ回路も切れません。停電しても車両のバッテリーに問題がなければドアの開閉は可能で、車内の予備灯も30分程度は点灯することになっています。
なお、日本では2方向避難の考え方がとられており、どこで火災が発生しても火源の反対側に避難することが可能になっています。
ト、初期消火活動がほとんど行われなかった。
駅には消火器や消火栓があり、初期消火をしようと思えばできたかもしれませんが、火災拡大の勢いが強く、多量の有害な煙が発生し手に負えなかったものと思われます。日本でも消火器による初期消火は火源が確認でき天井に燃え移る前までとなっています。
5. 日本の鉄道火災事故例とその後の対策
(1) 「A-A基準」までの電車の火災事故対策
日本の鉄道に関する火災対策は残念ながら事故を契機に強化され、現在は既に述べたように車両、施設ともに構造、材料面で不燃化等が進められています。
対策強化の経緯となった主な火災事故の詳細は別ページにまとめていますが、次のような対策が強化されてきました。
○昭和26年4月24日 国鉄京浜東北線桜木町 死者106名・負傷者93名
それまでの列車火災事故はほとんどが乗客等の持ち込んだ品物から発生したものでしたが、この事故は部内の原因によって発生したものであり、鉄道車両の不燃化、難燃化推進のきっかけとなった史上空前の列車火災事故です。
出火車のモハ63形式電車は昭和18〜25年までに製作された戦時規格の材料が用いられていましたが、車両の不燃化、難燃化の基礎資料を得るため、木造客車ナハフ24912による実車燃焼試験が26年10月浜松工場豊川分工場で実施され、その結果車両の防火対策としては発火原因の除去、防火構造化、車両材料の難燃化の3点についての重要性があらためて認識されました。
この結果、パンタグラフの2重絶縁化、パンタグラフ取付碍子の取替、防火塗料の使用、車両間に貫通路設置、三段窓の二段化、戸閉めコックの位置の明示と取扱方法の掲出、一斉戸閉めコックの増設、選択高速度遮断機を変電所毎に設置、電車線支持碍子を懸垂碍子に取替等の対策がとられました。
○昭和31年5月7日 南海高野線 死者1名(ショック死)、負傷者42名
当時、地方鉄道建設規程には、前記桜木町事故にかんがみ、電車に対してセルロィド等の使用禁止、自動しゃ断器の設置、高圧機器配線の防護、電弧電熱発生機器の熱的防護などの措置が規定され、また地下鉄電車に対しては特に車体の不燃化が求められていましたが、使用中の車両に対しては猶予措置がとられていました。この事故電車も骨組みは鋼製でしたが屋根、床、内装は木製でした。
この高野線の事故を重大視した運輸省は、昭和31年6月15日 鉄運第39号 「電車の火災事故対策について」の通達によって電車の構造その他機器の整備、取扱についての対策を定め、電車を極力不燃化し、木製の電車について不燃性改造すること、連結電車への貫通路設置、電気機器の耐熱防護強化、各車への消火器設置等を指示しました。
翌32年1月には昭和32年1月25日 鉄運第5号 「電車の火災事故対策に関する処理方について」で地下線を運転する電車に対するA様式、その他をB様式として具体的な構造等を定めた電車の火災事故対策実施要項を通達しました。
その後32年7月16日の御堂筋線西田辺停留場構内で回送中の地下鉄電車に起きた火災事故を踏まえ、地下を運転する車両に関して不十分な点があるということから、昭和32年12月18日 鉄運第136号 「電車の火災事故対策に関する処理方の一部改正について」」によってより強化した「A−A様式」が追加されました。
○昭和43年1月27日 営団地下鉄日比谷線六本木-神谷町 乗務員及び消防士ら負傷者11人
この事故は乗客の死傷者はありませんでしたが、不燃化の最高基準のA-A様式該当車両が過大電流が流れた主抵抗器の発熱から全焼したことから、関係者はきなショックを受けました。
運輸省はことの重大性から、車両材料の難燃化、配線の配列及び機器の配置の3点について、営団中野工場内にコンクリート製模擬トンネルを仮設し、実車による燃焼試験を行うなどして抜本的検討を行い、昭和44年5月に従来の通達を廃止して新たに昭和44年5月15日 鉄運第81号 「電車の火災事故対策について」、昭和44年5月27日 鉄運第82号「電車の火災事故対策の通達の取扱いについて」を通達、電車の不燃化の基準(A-A基準、A基準及びB基準の3区分)を定め、電車の火災事故対策を強化しました。この中に車両用材料の不燃性、難燃性を試験、評価するための「鉄道車両用材料の燃焼性規格」が含まれています。これは次項の国鉄北陸トンネル事故等の例にかんがみ、昭和48年10月11日 鉄運第245号「電車の火災事故対策の一部改正について」によって改正されています。
国鉄はこの通達をうけて、東西線、千代田線、東京地下ルートに充当する301系、103系、113系などの車両はA-A基準に基づいて製作するとともに、昭和39年開業した東海道新幹線0系電車は、16次車以降はA-A基準に準拠しています。
(2) 国鉄北陸本線「きたぐに」以降の火災事故対策
○昭和47年11月6日 国鉄北陸線北陸トンネル内 死者30名(内1名は指導機関士)、負傷者714名
国鉄は電車よりも火災を起こしやすい多くの気動車や寝台車を保有していて個々の列車火災対策を進めていましたが、この事故を契機に部外の学識経験者を含めた「鉄道火災対策委員会」を設置したり、鉄道技術研究所に「火災研究室」を新設して列車火災に対する抜本的な対策を樹立することになりました。
当時、北陸トンネル内火災で被害が大きくなった原因として、
・ | 車両の断熱材等から大量の煙・ガスが発生したこと。 |
・ | 長いトンネル内で火災が発生した時にどのように処置するのかが明確でなかったこと。 |
・ | 架線が停電したため脱出が不可能となったこと。 |
・ | トンネル内の照明が一部区間を除き消灯していたため、乗客の避難等に支障したこと。 |
・ | トンネル外との連絡が携帯用電話機に限られ、迅速な連絡ができなかったこと。 |
等が考えられました。
これに対しては、延長5km以上のトンネルを長大トンネルと指定し(当時在来線13、新幹線7の計20箇所)、次の緊急対策を実施しました。
・ | 車両の難燃化の推進、車内放送設備の整備、消火器の増備、寝台車等に携帯電灯及びメガホン搭載等。 |
・ | 乗務員用無線の難聴対策、沿線電話機の改良、照明設備の改良、消火器の整備等 |
|
・ | 長大トンネル付近にテーゼル機関車又はモータカーの配置、救援体制、火災発生時のマニュアル見直し等。 |
更に、昭和47年12月に設置された鉄道火災対策技術委員会は、大船工場における定置車両燃焼試験及び北海道狩勝実験線における火災列車の走行試験を経て宮古線における火災列車のトンネル内走行試験を実施するなどして、審議を行い、昭和50年4月に鉄道火災対策全般にわたり報告を行いました。
宮古線猿峠トンネル(延長2,870m)での現車火災試験は、非難燃車に新聞紙20頁、アルコール300ccを火元として着火し、両側に車端防火構造とした車両を配置してフラッシュオーバー状態でトンネル内走行を行ったもので、2度行われ(窓開・貫通扉閉、窓閉・貫通扉閉)ました。
その結果、トンネル内走行中に火災が発生した場合、早期に火災を発見し、窓、着火車の車端貫通路の扉を閉めて前後の車両に避難した場合には15分程度は人体に対して煙、有毒ガスの影響が無く、架線や車両の走行上も問題がないことから、火災発生時はトンネル内で止まって消火するよりも走行脱出するという扱いにすることになったという点が
大きな特徴です。
その対策は次のようなものです。
・ | 火災を起こさないために、車両の難燃化、発熱機器の対策などを行う。 |
・ | 火災が発生してしまったら、早期発見、初期消火(初期消火を行う限界は、火源が確認でき火が天井に燃え移るまでとする。)、車内誘導(他車両への誘導は火災車両の前部寄り又は火災車から2両以上後部寄りとする。)、情報連絡(関係乗務員間の連携、旅客に対する協力方要請)、運転の継続(極力トンネル外に脱出をはかることを基本とする。)乗務員用無線の難聴対策、沿線電話機の改良、照明設備の改良、消火器の整備等 |
具体的には新たに次のような対策を実施しています。
・ | 列車火災発生時には、トンネル外へ脱出することを基本とした新しいマニュアルを制定。 |
・ | 車内の非常ブザー等の使用制限を明示するため、ステッカーをちょう付した。 |
・ | 車端の防火構造化、寝台車及び寝台列車の食堂車の難燃化、寝台車への煙感知器の取付け、床下ディーゼルエンジン付き寝台車に対する自動消火装置の取付け等 |
・ | 特殊な、列車回数の多い準長大トンネルに対する情報連絡設備、避難誘導設備、照明設備等の整備 |
なお、新幹線については、車両関係として、消火器の増備、改良型非常用渡り板のとう載、腰掛のモケットの難燃化、送風機風導の難燃化、暖房器、ビュツフエ電熱器に防熱板の取付け等、地上設備として、器材坑の消火器の配置、出口表示標の設置、一斉点灯スイッチの設置、電車線の耐熱性強化、ケーブルの難燃化、区分断路機の増設等を行いました。
6. 新幹線の火災対策
新幹線でもトンネル内で列車に火災が発生した場合の運転取扱いは、トンネル外へ脱出することが基本です。前項の一般的な火災対策のほか、客室から乗務員への火災通報を容易とし、通常の非常ボタンだけでは車両が停止してしまうので、火災用非常警報押ボタンのを設けたり、
機器の動作確認等のために運転台モニター装置の活用やある車両の機器が故障しても他の健全な車両で走行を継続できるように運転室から故障車両だけを制御的に切り離すユニットカット(
切り離す動力を減らすために1両あるいは台車単位の解放が可能なものもあります)が可能なようになっています。
新幹線には上越新幹線の大清水トンネル(22.2km)や東北新幹線の岩手一戸トンネル(25.8km)をはじめ、延長5km以上の長大トンネルが沢山あり、現在建設中の八甲田トンネルは26.5kmとなります。また、雪害対策上、これらのトンネルと前後の中、小トンネルを雪覆(スノーシェルター)で結ぶことが行われ、大清水トンネルの場合では、総延長31.2kmのトンネルになりました。
トンネル内で列車火災が発生した場合は、通常考えられる範囲では、宮古線の試験結果から15分程度の運転継続は可能とされています。防火性能に優れ気密性の高い新幹線ですから更に長時間走行できると思いますが、260km/h運転の場合15分で60km以上走行可能であり、これらのトンネルでは問題ないことになります。
しかし、万一トンネル内に列車が停止する場合を考慮して、
建設中に使われた斜坑・横坑の一部を利用して避難、救援用路としており、そこには防煙シャッターと所在表示灯、内部には照明、手すり階段等が設けられています。
トンネル内には、トンネル内一斉点灯スイッチ、トンネル出口や避難路までの距離を表示する距離表示板等が設けられています。
7 津軽海峡線(青函トンネル)の火災対策
青函トンネルは下図の平面、縦断図にあるような構造になっており、日本鉄道建設設公団によって建設された全長53.85kmもある超長大トンネルです。本坑は列車の通るトンネルで、それと平行に海底部には工事用に使った作業坑と地質調査等に使った先進導坑があり、実際にはもっと複雑な構造をしています。
昭和39年に調査斜坑掘削が開始され、津軽海峡線として昭和46年4月工事線に指定、新幹線断面とされ、9月28日、本坑掘削が開始、昭和48年に新幹線の整備計画によって北海道新幹線は津軽海峡部において、青函トンネルを津軽海峡線と共用することとされました。
昭和58年1月27日に先進導坑、昭和60年3月10日には本坑が貫通し、昭和63年3月13日にしゅん工開業しました。

青函トンネル内の列車火災対策の基本方式については、昭和54・55年度の「青函トンネル火災対策委員会準備委員会」で
・ | 延長約54km超長大トンネルであり、概算(最高速度の4%引きを平均速度として計算)で当時の新幹線(210km/h)が約16分、在来線特急客車(110km/h)が約30分、フレートライナー(95km/h)が約35分を要する。 |
・ | 海底トンネルであるため、縦断線形が舟底形をしており、車両の制御系が火災によって故障したり、電気機器故障により架線停電を生じたとき等に運転を継続して脱出することが不可能と考えられる。 |
ということから、走行を継続してトンネル外に脱出することが難しい場合が想定されるため、トンネル内に定点という特別な場所を設け、ここに火災列車を停止させ、乗客の避難・救援と合わせて消火活動も行えるようにすることになりました。
また、坑内温度の上昇と保守用車の排気ガス排出のため、縦流式の常用換気を行うことにもなりました。
定点方式によることとなどは昭和56年8月の国鉄役員会に報告されて了承されていますが、詳細な火災対策については同年9月26日から開業直前の昭和63年3月1日まで24回にわたり開催された「青函トンネル火災対策委員会」で、審議、決定されました。
青函トンネルの主な火災対策は定点設備を中心に構成されています。万一、それ以外に停車してしまったは、従来どおり救援列車等によって救出することになっています。
現在、この定点は本来の目的以外に竜飛海底駅、吉岡海底駅として公開されており、水族館やトンネル体験コーナーもあり、夏期期間中は「どらえもん」コーナー等で子供たちでにぎわっていま。一般の乗客にとっては遊園地みたいな印象でしょうが、一旦火災が発生した場合は避難、消火等の重要基地になります。
(1) 定点関連設備
工事用斜坑のあった竜飛と吉岡に設け、乗客が安全に降車できる設備(簡易ホーム)、安全な場所への避難通路と坑内待機場所、換気・排煙設備、照明設備、水噴霧等による消火設備、情報連絡設備があります。
(イ)換気・排煙設備
長大なトンネルであるため自然換気に多くを期待できないので機械式の換気設備を設けており、この設備を利用して火災時の排煙も行えるようになっています。
火災時に乗客が安全に避難するためには、避難経路に煙が進入しないようにすることが重要で、
@作業坑は火災時の避難路にもなるので空気圧は列車の通る本坑内の空気圧より高いこと。
A火災時に乗客が坑外に脱出する手段として斜坑を利用するので、斜坑内の空気圧が本坑より高いこと
が必要です。
これらを満足する換気システムを検討した結果、設備規模、常用時の運転経費ともに小さく、火災時の排煙に十分対応できることから、斜坑から送風して、常時は本坑中央部に給気してトンネル両端の本坑口から排気、列車火災時には立坑排煙とする方式が採用されました。
常用換気量は、列車走行による発熱に伴うトンネル内温度上昇等から、本坑内風速として、1m/s程度となっています。
下図の青函トンネル火災対策設備図にあるように、常時の換気は両側の斜坑口から送風し、先進導坑を通って海底中央部で本坑に入り、さらに両本坑口に向かって排気する縦流換気方式となっています。このため常時は斜坑から本坑に換気流が流れないように遠方制御で連絡トンネル前断面を開閉できる風門という設備を設けています。
列車火災時には立坑口に設けた排煙ファンを作動させるとともに遠制風門を開くことによって海底部に向かっていた換気流を直接定点に送り込みます。
これによって乗客の避難する方向と逆方向の換気流が確保され、乗客が煙にまかれることはなくなります。また、万一火災列車が定点以外で停止した場合にも、その停止位置に応じて換気設備を制御することによって換気流の方向を一定にして、乗客の避難及び救援活動は全て風上側から行えるようにしています。

(ロ)列車火災検知設備
万一火災の発生した列車を早期に発見してトンネル進入を抑止できれば、また、万一トンネル内走行中に出火したときには、これを素早く正確に把握してその後の運転取り扱い、火災対策活動を確実に行えば、安全度は飛躍的に向上するため、火災の早期発見は極めて重要です。
しかし、車上の火災の場合は列車乗務員や乗客による発見、通報が期待できますが、車両床下火災の場合はそれが困難なことから、地上で床下火災を検知する方式が検討されました。
検知方式としては、熱、炎、煙検知器等各種の方式が考えらますが、検知対象列車が高速で移動している点を考慮して、赤外線温度計カメラによる検知装置を利用することとし、これを補完するものとして減光率式煙検知器も設置することになりました。カメラの近くには高速ITVを併設して同時にモニタリングして映像データでも確認できるようになっています。これらの設置位置を下図左、温度計カメラの設置位置と検知範囲を下図右に示します。
赤外線式火災検地装置は、カメラで車体側面を高速スキャンすることにより、6cm×6cmを1つの単位とするスポットで車体全側面温度を測定、トンネル内を通過する全列車種別毎に保有している通常データと比較、発熱部がないはずの部分に高い温度が計測された場合に火災と判断します。通過している車種を判断するのは、軸配置の違いから車種を特定する車軸検地装置の役目で、カメラの手前に設置されています。
 | 左:火災検地装置と高速ITV 下:反対側の赤外線カメラ
 |
できるだけ早期にかつ正確に警報を出させるために、判定方法は緊急警報と判定警報の二段階になっています。
○緊急警報
列車種別や発熱位置にかかわらず、列車の側面に通常は現れることのない温度を検知したときに即座に出す警報で、誤検知を考慮して基準温度を越えたものが上下方向に3スポット(6×6cm)連続し、かつこの連続条件が3スキャン連続して観測されたときに警報をだします。
○判定警報
通常発熱の見られる位置(車軸からの距離L1l〜L2の範囲、レール面から高さH1〜H2の範囲)において、あらかじめ列車種別(機関車、電車、客車等)ごとの通常の発熱の位置、広がり、最高温度を登録しておき、測定した温度分布と比較してこれを超えて異常と判断したときに出す警報です。つまり、通常考えられる最高温度(Ta)以上の発熱が一定の面積(Sa)を越えた場合、あるいは、Ta程高くない温度(Tb)がある程度の面積(Sb)以上の広がりをみせた場合のいずれかの場合に火災と判断します。また、通常発熱のない位置においては、基準温度Taoを超える部分の面積が、基準の面積Saoを超えた場合に火災と判断します。
警報が出た場合には定点に早く確実に停止させなければなりませんから、通常のATC信号による列車制御は行わず、所定停止位置の約1000m手前に設けたブレーキ開始目標灯と停止位置前頭部に設けた停止位置目標灯を点灯させ、それを目標に乗務員によるマニュアルブレーキで停車する運転方法となります。
列車火災時にはトンネル内を走行中の他列車に対して被害を及ぼさないように、対向列車及び後続車に対しては、ATCによる非常停止信号を現示してその場に一旦停車させて火災列車に近づけないようにするとともに、先行列車及びすれ違った列車はそのまま走行してトンネルから脱出させます。
これらの火災列車及び他列車の制御は緊急を要するため、赤外線温度式火災検知器と連動して自動的に作動するようになっており、乗務員等からの通報等による場合には函館にある司令所の指令員によるボタン操作でも同様の制御ができます。
(ハ)消火設備
定点に停車した車両の火災を素早く消火するための設備です。
○水噴霧設備
列車上部、側面下部、床下の3カ所にレール方向5m毎間隔でノズルが設置され、連絡誘導路間40mを1区画として水源としては2区画同時放水で40分以上確保しています。
カートレイン運行時には積載自動車の燃料油火災に対応するため最初の20分は水成膜泡の原液を消火用水に加えることによって泡噴霧を行います。そのため、原液タンクと配管を備えています。
水噴霧の操作は現地及び函館の司令センターでできるようになっています。
○消火栓
乗務員等による主として車内火災の初期消火等のために連絡誘導路間隔で設けています。感電対策を施してあり、活線放水試験によって、活線下でも使用できることをが確認されています。
○定点以外の消火設備
トンネル進入前あるいは通り過ぎてから火災を発見した列車は津軽今別駅又は新湯の里駅に停車することになっており、ここにも消火栓が設けられています。
(2) 避難誘導設備
(イ)一時待機場所
火災列車が定点に停止したときに、列車から安全に旅客を地上まで誘導することが必要になります。しかし、大勢の乗客を地下180mから地上まで一気に避難させることはほぼ不可能であり、列車を降りた乗客は坑内の安全な待機場所に一時避難し、安全の確認、連絡、休養の後地上に誘導することになっています。
下の図に待機場所を示しますが、将来の新幹線を想定して1000人程度に対応可能で、ベンチ、便所・洗面所、更衣室、救護室、連絡詰め所が設置されています。
(ロ)斜坑設備
待機場所から地上に出る場合の経路となるのが斜坑設備で、階段、照明及び手すりがあり、また、保守のために使われる揚重設備(人車)が設けられているため、避難時に歩行困難な人が出た場合にはこれを利用することができます。
この人車には竜飛海底駅や竜飛トンネル記念館で乗られた経験のある方がいると思います。
(ハ)照明設備等
定点に停車した列車から坑内待機場所までの区間全域は100ルクス程度の非常用電源にバックアップされた照明があり、ITVカメラによる状況の把握と誘導、非常放送設備による情報の提供、誘導もできるようになっています。また、各所に誘導灯も設置されています。
また、本坑内には在来のトンネルと同様に全線にわたって1ルクス程度の照明が設けられており、3ブロックに分割されて各ブロック毎に現地または函館司令センタから一斉点灯できるようになっています。

(ニ)情報連絡設備
トンネル内には、列車無線、乗務員無線、ラジコール、消防無線、非常電話、沿線電話等の設備が設けられています。
(3) 防災監視体制
青函トンネルの各種防災設備は相互に密接に関係しているために、全体を有機的に監視、制御することが必要です。
それらの機能は通常の運転・保安関係設備の監視、制御とも密接な関係があるため、函館駅近くの函館司令センターが受け持っています。
防災関係情報は施設表示監及び各指令の卓のモニター画面に表示するとともに、防災機器の制御も各指令卓で行えるようになっています。
施設表示板は地図式表示盤とし、各種防災設備の作動状況・列車運転状況等の表示を行い、非常時には防災表示盤として使用できる機能を持っています。
各指令の防災情報の制御・表示は、各指令の業務の範囲で行い、相互に関連する情報は指令間連絡により伝達するようにしています。
また、現地における対応としては、竜飛、吉岡の地上部に日常の保守点検等のための各種防災機器の制御・表示ができる設備が設置されていますので、列車火災等の場合にはこれを活用して現地対策本部とすることができる設備となっています。
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