29.新幹線への車体傾斜機構採用の目的は? 360km/h運転のための線路線形とは?

1. 新幹線の速度向上と車体傾斜機構の採用

  平成4年3月にVVVFインバータ制御誘導電動機駆動、ボルスタレス台車等の革新的な技術を採用したJR東海の300系電車が東京~新大阪間の「のぞみ」として270km/h運転を開始して以来、JR西日本が平成9年に500系電車による山陽新幹線区間300km/h運転を行なうなど新幹線は270~300km/h運転の時代を迎えている。
  JR東海・西日本は平成14年6月から共同で次世代の東海道・山陽新幹線直通運転用車両としてN700系新幹線電車の開発を行い、平成17年4月からは量産先行試作車Z0編成による走行試験を開始、平成19年7月1日のダイヤ改正から営業運転を開始した。
  一方、JR東日本も平成14年に「世界一の鉄道システムの構築」を目指して次世代新幹線の開発を始め、平成17年6月末には360km/h営業運転を目指すE954形試験電車「FASTECH360S」を製作、走行試験を行い、平成21年6月からはその成果を取り入れた量産先行試作車E5系S11編成による走行試験を開始、平成22年度営業運転を目指している。
  N700系もE5系も車体傾斜機構を採用しており、曲線通過性能を向上して時間短縮効果を狙っている。

2. 車体傾斜機構の採用による速度向上

  東海道新幹線は建設時最少曲線半径2,500m、最高速度250km/hで計画され、転覆に対する安全性や乗り心地の点から実カント量200mm、最大カント不足量100mm以下と決定されたが、実用上等から実際には実カント量最大180mm、最大カント不足量60mm、緩和曲線計算上の速度250km/hで建設された。
  国鉄末期の220km/h運転時代は問題なかったが、270km/h運転可能な300系「のぞみ」は東海道区間に50カ所程ある半径2500mのカーブではそのままでは225km/h以下の速度に制限されるため、曲線通過時乗り心地等の走行試験を行い、同カーブを実カント限度の200mmに上げ、更に乗り心地試験結果からカント不足110mmに拡大しても許容できることから255km/h運転が可能となった。
  これ以上のカント(実カント+カント不足)を付けることは安全上、乗り心地上問題が生じるためこのカントの範囲では曲線半径を大きくしなければそれ以上の速度向上は見込めないことになるが、既設東海道新幹線の線形改良は事実上不可能である。
  そのため、更に速度を上げるためには許容カント不足量を増やすことのできる(外側への遠心力を相殺する)曲線通過時の内方車体傾斜が必要で、N700系ではディジタルATCの曲線位置情報等をもとに、空気ばねを使って車体を軌道内側に1度(カント量換算で26mm)傾けることで半径2,500m以上のカーブで270km/h走行を可能とし、5分程度の時間短縮を可能とした。
  山陽新幹線以降は最小曲線半径4,000m、最高速度260km/hで建設されているが、300km/hでの均衡カントは265mmであり、最大カント制限200mm+カント不足100mm=300mm(均衡速度318km/h)に対して余裕のある数字で、山陽新幹線での300km/h運転は車体傾斜なしで可能である。
  東北新幹線のE954系では2度の車体傾斜によって4,000mで330km/h以上の走行速度向上を目指したが、最高速度が320km/hとなったので傾斜角を1.5度とした。このときの均衡速度は338km/h程度であり、基本の半径4,000m以上で速度制限を受けることなく320km/h運転が可能である。

3. 緩和曲線長と曲線通過性能

  一般に新幹線では、曲線前後の緩和曲線長はカントの時間的変化割合で規定されており、TCL=0.0097・Cm・V という式で計算される。
  ここで、V:計算上の速度km/h  m:緩和曲線計算上のカント量mm Cd:カント不足量mm TCL:緩和曲線長mである。
  TCLの式のVは線区の最高速度であり、山陽新幹線や整備新幹線では260km/hが使用されていたが、緩和曲線長をこの速度に合わせて設定すると、将来の車両性能の向上等による速度向上の際、緩和曲線長の長さが足りなくなり、速度向上に支障する恐れがあるため、平成9年以降、整備新幹線の緩和曲線の計算方法を下表の右側のように、最大のCm+Cdでの均衡速度で計算するように変更している。
  同じ曲線半径であるが、このような配慮が有って高速走行が可能になっており、線路の線形は将来を見越したものにしておく必要があることが分かる。
曲線半径山陽新幹線以降平成9年 新幹線部変更計画
VCmCdTCLVCmCdTCL
3,000m26020066505276200100540
4,000 m2601990505319200100620
5,000 m2601600405357200100695
6,000 m260133034036019659685

4. 360km/h運転の効果

  現在、東北新幹線東京~八戸間の最短運転時間は2時間56分であり、八戸~新青森間81.8km(建設キロ)を加えると、盛岡から新青森まで現行260km/h運転で3時間22分(八戸駅通過とすると-5分)、275km/hとすると3時間10分程度と想定される。
  JR東日本はE5の最高運転速度を360km/hから320km/hに変更したが、新青森駅まで最高速度360km/h運転を行った場合の運転時間を大宮~新青森間683.4kmを最高速度360km/hの85%(表定速度306km/h)で走行したと仮定して試算してみると、下表のようになり、2時間38分程度と想定された。
  275km/h運転と比較しても32分程度の時間短縮が可能となった。

 駅名東京 大宮  盛岡 八戸 新青森
営業キロ程0 30.3 535.3 631.9 713.7
現行速度での時分(時刻表から)
(八戸~新青森間は想定)
現状0110km/h0h24m 275km/h2h27m260km/h2h56m  
260km/hの時260km/h2h57m260km/h(3h22m)
275km/hの時275km/h(3h10m)
360km/h運転での時分(試算)0110km/h0h24m360km/h(評定85%=306km/h) 2h14m(2h38m)
(注)・途中停車駅は、大宮、仙台、盛岡。260km/h運転時のみ八戸停車。
・八戸~新青森間は建設キロ。
・駅間時間には駅停車時分を含む。

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